今日は病室に差し込む日差しもまぶしく、冬を前に太陽が一生懸命輝いているという感じです

継続で1年以上マッサージさせていただいている患者様がおられます
今日初めて「死」に対する不安を口にされたのです
いつものように明るく他愛もない会話を続けていて、突然に
眠れないのは、体が辛いからではなく「死」への不安が大きくなってきたからのようです
考えて見れば、今は健康に過ごしている自分でも感じ取れる部分があります
誰でも、一日中ベットの上で過ごしていたら、何を考えるでしょう
夜になって辺りが更に静けさを増し、目が冴えて、見上げた天井や壁・・・何を思うか
回復が望まれるなら、回復後の生活でしょうか
でもそうでないとしたら
回復は無いのだという重苦しい現実を日々思い知らされていたら
何を考えるでしょう
患者様達は、周りの患者様達の「死」にもとても敏感です
短くても一緒に過ごされた時間
思い出すその瞬間瞬間と会話、笑顔などなど・・・
「ここの看護師さんたちは偉いわね、死んでいく患者さんしかいないのに・・」と

その瞬間、思わぬ言葉が自分の口から出ていました
「でも、看護師として、その方の人生の大切な時に傍にいられることは、看護師として幸せなことかもしれません 私だって一人ぼっちは嫌です」
おお・・・・どうしよう・・・こんな事言って、かえって気分を害したかも・・・

けれどそれは違ったみたいです
思いもよらぬ返答に、表情が和らいで見えました
今だからこそ、こういう中途半端な立場の者にだからこそ患者様は正直に言葉を発せられるのかも知れません
私がこのホスピスのスタッフの立場だったら、また違ったでしょう
けれど、とりあえず20年もこの看護の現場に居て、多くの患者様を見送ってきた自分にだからこそ、話して下さりやすいのかも知れません
そう考えるとこの「中途半端な立場」、思い上がりかもしれませんがこのままでも何かの役になっていたりするのかも知れません
帰り道、信号待ちで以前運動の講座に参加して下さっていた方を見かけました
お腹がポコっと・・・そう妊婦さんになられていたのです
「新しく生まれてくる命」「失われようとしている命」
どちらも人間の一生には変わりなく、すべての人が通る道
「死というのは、終わりではなく、次へ向かう門です」
映画「おくり人」での、火葬場で釜に火をくべられる職員役の台詞です
どんな一点で、その方の一生に携わるのかは、職業によって違ってきても、人が人に関わる時、その人を一人の人として見ることが一番大切だと感じます
それは人間である私たちにしか出来ないことで、人間にしかわからないことでもあると思います
そう言えば昨日の「プロフェッショナル仕事の流儀」はアンコールで一人の医師が取り上げられていたのですが、地域医療で科に関係なくその地域の方々の一生にかかわっておられる医師の話で
「いい人生だった」その言葉のために、その方の一生に寄り添って行くという信念で仕事をされているということでした
医師だけではなく、多くの職種の人間がかかわる医療という現場
だからこそ、大切にすべき「人間」という存在の意味
「人生」というもの、かかわっている自分も「人間」同じ「人間」ということ
今日はちょっとお昼からのんびりしてみたいと思います
自分という人間のために
posted by アロマセラピー「スクール&サロン」風香 at 13:32|
気まま日記
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